Q&Aコーナー
Ⅴ、『倫理道徳について』
Q4.「教会では、愛について語りますが、愛とは何ですか?」
A4.愛というと、広い意味では、自然や動物に対するものも含みますが、愛が本当に愛としての価値を持つのは、愛が単に本能から発せられるのではなく、自由意志によって、進んで自分を他の人格のためにささげるところにあります。ですから、動物がかわいがられることによって、愛情の表現をしても、それは本能的なものであって、厳密には愛とは言えません。愛というのは、本来、私たちが生まれながらに持っている本能的なものではありません。本能的なものは、しばしば感情的なものであり、相手が愛をかきたてる場合にしか起こってきません。ある人は、愛を所有の欲望とはき違えたり、憐憫の情と思い違えたりしています。そういうものは、相手を人格として愛しているのではなく、物として見ていたり、自分は高い所にいて、ただ憐憫の情を投げかけているにすぎません。相手の所まで降りて行って、共に苦しみ、悲しみ、立ち上がろうとしない、一片の感情にしかすぎません。
しかし本当の愛は、神様が持っているものです。ですから、まず神様からその愛をいただかなければなりません。神様が自分を愛してくださっているのだということを、知らなければならないのです。その証拠こそ、神様がそのひとり子を十字架につけてまで、私たちを愛してくださったことです。それは何よりも、自己犠牲の愛であり、与える愛だと言っていいでしょう。その愛は、変ることのない永遠のものです。この愛を知った者は、その神様の愛に応えて神様を愛します。そして、その愛をもって人々を愛します。この愛こそは、人格をその深いところにおいて正しく結びつけるきずなであると言っていいでしょう。